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起業・スタートアップのための起業家講義
ライフネット生命<後半>

掲載:2020/10/13

出口治明 氏(ライフネット生命保険株式会社 代表取締役社長)
講演:2009年1月

※記事の内容や肩書は、講義時のものです

新しい生保を立ち上げる(1):免許の取得 ~保険会社が株主にいない、主要株主がいない生保に

生命保険会社の立ち上げは普通のベンチャーと一緒ですが、免許が必要です。保険会社と銀行は総理大臣から免許が付与され、20%以上の大株主も金融庁の認可事項になっています。僕は生保も主要株主もいない保険会社をつくろうと思いました。要するに親のいない会社ですね。保険会社が親だったら、保険料半額はやりすぎだから25%引きくらいにしておけとか言われるに違いないと思ったからです。

内外の保険会社が株主になっていなくて免許をもらった例は、第二次大戦後、私たちが初めてでした。一社もないんですね。しかし、金融庁がこの5年ぐらいで出した物を全部読んでみたら、明らかに競争を強化させようと考えている。だから免許は下りるはずだと思いましたね。お金もあまりありませんでしたから、申請書類はこれぐらい(15㎝くらい)の厚さになるんですけど、ほとんど僕が書きました。社長と副社長で書類を全部書いて、二人で金融庁との交渉も全部やったという会社はほとんどないと思いますね。

新しい生保を立ち上げる(2):資金集め ~ビジネスモデルだけで出資者を仰ぐ

せっかくゼロからやるならと、金融庁の友人は1人も訪ねませんでした。また、友人でメガバンクのトップの人間も何人かいるんですけれど、ゼロからつくるんだから、人間関係ではなくて、ビジネスモデルだけで出資者を仰ごうと決めました。正直、分かりやすい、安くて便利という我々のこの4つの理念を共有できるような株主をこちらから選んで出資をお願いしました。2007年の5月にはほぼ80億円は固まっており、その年の9月頃からは外資を中心に第3次の増資の話を始めていました。ところが年が明けたころ、サブプライム問題のために、固まりかけていた外資から軒並み断りの電話が入り真っ青になりましたね。なんとか日系のベンチャーを回って結果的には無事に増資ができたのは安心しました。

なぜ外資を入れたかったかというと、相方の岩瀬と二人でこの会社を作り始めた時に、二人で100年続く会社を作ろうと決めたわけです。「100年」に別に意味はないんですが、僕は人間の作るものには全部寿命があると思っているんですね。100年の場合もあれば、200年の場合もあれば、500年の場合もある。人生100年といわれているので100年続く会社を作ろうと決め、当然100年も時間があるわけですから、100年後は世界で一番いい保険会社にしようと、そう思いました。だから、グローバルに評価されたいと思い、初めから外資を株主に入れようと思っていました。今でも毎月株主とはミーティングを行っていますので、資料を全部英語に直さなきゃいけないのは大変なんですけれど、初めからそれはもう決めていました。

新しい生保を立ち上げる(3):人集め ~30代と60代の不思議な会社に

人集めもなかなか大変でした。ニッセイから部下は連れて来ないと決めていましたし、安い保険料を標榜する以上、安い給料しか成り立たないんですね。だから「保険もよく知っているし、自分は優秀だ。現在の給与にプラス200万で雇ってくれ」と売り込んでくるような人は全部断りました。

給与は安いし、免許が取得できなければ解散しなければならないという不安定さの中で、人集めは本当に心配していました。しかし、嬉しい誤算なんですが、開業するまで人材紹介会社に手数料を払ったのは1人だけです。最初は岩瀬のブログを読んで、面白そうだと思う人間が3、4人集まってきました。この集まった3、4人が社員ブログという形でライフネットのブログを書き始めたんですね。その社員ブログを見て人が集まり始めます。だからライフネットというのは面白い会社で、今職員が約50人いるんですけれど、ほとんどがブログで集まった30代です。一方で、常勤監査役とかアクチュアリーとか監査部長とか、経験を要するところには僕の友人の60歳以上がいっぱいいます。平均年齢は40歳ぐらいなんですけれど、本当に60代と30代でできあがっている、すごく不思議な会社ですね。

新しい生保を立ち上げる(4):システムの作り方 ~ベンチャーとイテレーション開発

システムを作るのは、ゼロから作るかパッケージか若干迷いまいたが、パッケージにしました。ただ、パッケージはインターネットの生命保険ということを想定していませんから、ウェブサイトとどう繋ぐかという問題があり、迷いながらもベンチャー企業をパートナーに選びました。ごく小さなベンチャーなので、株主からは「全員同乗の飛行機が落ちたらどうするんですか?」などと言われました。なんでベンチャーにしたかと言えば、イテレーションで開発(一連の工程を短期間にまとめ、設計、実装、テストを何度も繰り返すことで徐々に完成度を高めていくアプローチ)をしてくれるからなんですね。生命保険の商品というのは、約款などが非常に技術的で細かく、実は免許をもらう直前まで細部が決まらなかったんです。だからウォーターフォールでの開発は出来ないと思い、リスクを取りました。新しい銀行や保険会社は、だいたい最初の半年は1か月に1回は金融庁に謝りに行くんだと教えられましたが、結果的にはお陰様でまだ1回も行っていません。

ライフネットという会社の将来性をどう見るか

ベンチャーとしてこの会社をどう見るかということですけれど、絶対成功すると僕は思っています。

・市場が大きい
・消費者の不満が増大している
・業界を変えようという大きな流れがある
・具体的なソリューションがある
・参入障壁が高い

というベンチャー成功の5大要素がすべてそろっています。だから30代の若手からは、酒を飲むたびに「これだけ条件が揃っていて、成功しなければ社長が無能ということだ」と言われています。たぶんそうだと思います。

企業として100年続くことが目標ということは既に言いました。100年続く企業で100年後に世界で一番良い会社をつくる。僕は人間が思ったことはほとんど実現しないと思っています。99.9%実現しない。そんなに簡単に実現するんだったら人生イージーだ。ただ同時に、思わなかったことは絶対実現しないのも事実です。最低100年続いて、100年後に世界一になる会社をつくろうと言ったのは、そういうふうに思ったからです。上場する会社をつくると言ったら、そこで終わってしまいます。会社をある程度大きくするまでが社長である僕の責任なので、還暦の僕が100年後のことを言うなんて無責任だと株主に怒られたりもします。でも企業を作った以上は、この50人のものですから、中心部隊の30代が30年働いてくれて、また次の世代を3つぐらい積み重ねれば100年後には世界一になると。まあ僕はどっちみち見られませんから、気は楽ですね。

経歴:
出口治明 氏
1948年生まれ。京都大学法学部を卒業後、1972年 日本生命保険相互会社入社。経営企画を担当として企画部や財務企画部に所属し、また生命保険協会で財務企画委員の初代委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に東奔西走する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2005年に東京大学総長室アドバイザー就任。2006年 ライフネット生命保険株式会社設立(旧商号ネットライフ企画株式会社)、代表取締役社長就任。