起業アドバイス

映画から学ぶ副業・起業向けアドバイス
『あるスキャンダルの覚え書き』

掲載:2021/7/26

最終更新日:2021/07/26

※記事の内容や肩書は、講義時のものです

アタッカーズ・ビジネススクールの、スタートアップを目指すシニア・女性・ミレニアル世代などへの映画から学ぶ副業・起業アドバイスのコラム。今回は、日本は平等な社会である事と、人間関係において見返りを求めてはいけないと示唆してくれる『あるスキャンダルの覚え書き』について、将来の起業家・投資家であるみなさんと共に見ていきましょう。

副業・起業を目標とする方への『あるスキャンダルの覚え書き』の概要

『あるスキャンダルの覚え書き』は、ブッカー賞の候補にもなったゾーイ・ヘラーのベストセラーを映画化したリチャード・エアー監督による06年(07年日本公開)の作品です。上流階級出身の若く美しい女教師に対する労働者階級出身の孤独な老女教師の愛憎を、あるスキャンダルを背景に描き出した傑作です。英国映画らしい、人物の内面をえぐりとった、内容の濃い作品に仕上がっています。

作品の見所としては、まずは、流石ブッカー賞の候補といえる筋書きの面白さが挙げられます。映画監督としてはあまり知られていませんが、舞台演出家として評価の高いリチャード・エアー監督の演出も素晴らしいです。地味な内容の作品なのですが、あっという間に時間が過ぎていきます。ミニマル・ミュージックを代表する現代音楽家であるフィリップ・グラスが担当した音楽も、作品に見事に緊迫感を引き出しています。そして何といっても、監督の前作『アイリス』(02年)で現在と過去のタイトル・ロールを務めた、現代映画界を代表するニ大女優の演技合戦に、圧倒されます。それぞれがアカデミー主演女優賞と助演女優賞にノミネートされたのも、当然といえるでしょう。

米国最大の映画批評サイトRotten Tomatoes視聴者77,785人による平均スコアは、3.91という評価となっています。やはり同じアングロ・サクソン民族でも、米国人には、重すぎる主題なのでしょう、4点には届きませんでした。

主人公の老教師バーバラ役が、ジュディ・デンチです。ヴィクトリア女王役を務めゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)を獲得した『Queen Victoria 至上の恋』(97年)、エリザベス1世役でアカデミー助演女優賞を受賞した『恋におちたシェイクスピア』(98年)、英国アカデミー賞主演女優賞を受賞した女性作家アイリス・マードックの人生を描いたリチャード・エアー監督の前作『アイリス』(02年)など、数々の受賞歴を誇る英国を代表する名女優です。上流階級の女性役が多いのですが、この『あるスキャンダルの覚え書き』では珍しく労働者階級出身の老教師を演じています。その孤独から生まれる愛憎をここまで表現できるのは、ディンチ以外には考えられないかもしれません。

美しい新任の美術教師シーバ役がオーストラリア出身の名女優ケイト・ブランシェットです。若き日のエリザベス一世を演じゴールデングローブ賞と英国アカデミー賞の主演女優賞を受賞した『エリザベス』(98年)以来、人の運命を見通す超能力を持つ占い師を演じた『ギフト』(00年)、高貴な美しさのエルフの長、ガラドリエル役の『ロード・オブ・ザ・リング』3部作(01年、02年、03年公開)、実在の女性ジャーナリストになりきりゴールデングローブ賞主演女優賞にノミネートされた『ヴェロニカ・ゲリン』(03年)、往年の名女優キャサリン・ヘプバーン役でアカデミー賞と英国アカデミー賞の助演女優賞を受賞した『アビエイター』(04年)などで、名声を確立してきました。この『あるスキャンダルの覚え書き』ではまさに迫真の演技で、精神的に不安定で流されてしまう上流階級の女性像を創りあげています。

シーバの夫リチャードを、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズのデイヴィ・ジョーンズ役や『アンダーワールド』シリーズのビクター役で知られるビル・ナイが演じています。

起業家・アントレプレナーを目指すみなさん向けの『あるスキャンダルの覚え書き』のネタバレなしの途中までのストーリー

ネタバレなしの途中までのストーリーは、労働者階級の子供たちばかりが通う英国ロンドン郊外の中等教育の学校で始まります。歴史教師のバーバラ(ジュディ・デンチ)は非常に厳格な態度で生徒に接し、学校の教育方針に対しても批判的で、周囲からは孤立していました。

そんなある日、ブルジョワ階級出身で美しい美術教師シーバ(ケイト・ブランシェット)が、赴任してきました。シーバは、学校中で注目の存在でした。ある日シーバの受け持つクラスで、二人の男子生徒が殴り合う騒動が起きました。通りかかったバーバラがその騒ぎを収めると、シーバはバーバラに感謝し、バーバラを自宅に招きました。シーバ宅を訪れるとバーバラを出迎えたのは初老の紳士リチャード(ビル・ナイ)で、バーバラは家を間違えたと思ってしまったのでした。わがまま放題の長女ポリーとダウン症の長男ベン、食後の一家の奇妙なダンスに驚きを覚えたバーバラでしたが、シーバからあけっぴろげに今までの人生や現在の不満や夢を打ち明けられると友情を感じ、幸せな気分に浸るのでした。

しかし、学校でクリスマスのイベントが行われた夜に、隣に取っておいた席に現れないシーバを探しにでたバーバラは、シーバが男子生徒と密会している姿を目撃してしいます。少年は、以前騒動を起こした男子生徒のうちの一人の、スティーヴンでした。バーバラは、スティーヴンの件について話があると、シーバの家を訪ねます。パブに場所を移しシーバから事情を聞いたバーバラは、スティーヴンと別れることを条件に、学校へ報告しないと告げたのです。バーバラに心から感謝するシーバの気持ちをよそに、シーバの秘密を握ったバーバラは、これでシーバを思い通りにできるとほくそ笑むのでした…。

『あるスキャンダルの覚え書き』を観て起業・スタートアップを目指す方に気づいて頂きたい点

バーバラも若い頃は教育に情熱があったようですが、今ではこの階級社会を変えることが不可能だと気付いています。そしてバーバラに独白で、「彼等は将来は配管工かテロリストになるのだ」、「この学校は教育の場ではなく、集団に規律を与え、統制するための機関だ」とまで語らせています。起業・スタートアップを目指すみなさんにも、英国で労働者階級に生まれたならば、金持ちになるためにはサッカー選手かロック・スター、そしてアントレプレナーになるしかないというのも、半ば冗談ではないとご理解いただけるでしょう。

将来海外進出を目指す起業家の閲覧者の方には、シーバと関係を持った少年スティーヴンの発音にも、注目して欲しいです。洋楽で聞きなれている発音やシーバやバーバラの発音とは、明らかに異なることに気付かれるでしょう。『マイ・フェア・レディ』(64年)でオードリー・ヘップバーン演ずる下町娘のイライザがレディになるために直される労働者階級のなまりであるコックニーの発音です。この21世紀の世の中で職業の自由が半ばしか与えられず、階級によって言葉が異なるなど、日本では考えられないことです。こうした英国に未だ存在する階級に興味がある方は、労働者階級出身の少年がロイヤル・バレエ・スクールに入学しバレエ・ダンサーを目指す『リトル・ダンサー』(00年)を是非とも見ていただきたいです。

そしてこの作品のメイン・イベントともいえるシーバと少年スティーヴンとのスキャンダルも、階級というものが大きく関係しています。シーバは実は孤独と、日常への不満を抱えていました。愛してくれた父親を若くして亡くし母親にはひどい扱いを受け育ったためか、父親ほども歳が離れた夫と結婚、 わがまま放題の二人の子供を育ててきたからです。しかも、下の子供はダウン症です。ダウン症の息子が学校に入学したのを機会に、外の空気を吸うために教職についたのです。 今までの生活の退屈さに、飽き飽きしていたわけです。そこに彼女の美しさに眼をつけた15歳の少年スティーヴンが近づいてきます。

これが労働者階級出身の女性だったならば、こんな関係になることはありえなかったでしょう。 まずは職を棒に振ることになるわけですし、さらには少年の目的が思春期の抑えられない性の欲求の解消だと気付いたでしょうから。しかしブルジョワ階級のシーバには、一番目には何とかなるだろうという甘さがあり、二番目にはスキャンダルになって失職し食べるのに困るという切迫感はなく、三番目には純粋なお嬢さん育ちのため少年の目的を見抜けなかったのです。

階級というものが、このスキャンダルには大きく影響していることが、読み取れます。いわばシーバの存在は、「掃き溜めに鶴」で、全く場違いの場所に来てしまったために起きたスキャンダルだといえるのかもしれません。日本でもアベノミクスにより格差が広がったのは事実ですが、英国と比べると遥かに平等なのだと、起業・スタートアップを目標とする方には意欲を強くしていただきたいです。

バーバラの根底にあるのは、孤独です。クールに振舞ってはいますが猫との一人一匹暮らしで、友人も無く、週末の予定がコイン・ランドリーに行くだけという寂しい暮らしを送っています。老後を共に送る精神的に分かり合える、そして肉体的には若く美しい”恋人”を求めています。しかし若く美しい”恋人”がバーバラに求めているのは人生の師範役としてのメンター的な役割に過ぎず、”恋人”どころか単なる友人の一人に過ぎません。ここに大きなギャップが生じているわけです。

そして”恋人”は徐々にバーバラの愛情と要求が負担になっていきます。美しく若い”恋人”がこんな醜い老人である自分の友人でいてくれるだけでも満足すべきなのですが、バーバラはそれに満足できません。それは他に家族も友人もいなく、若く美しい”恋人”が人生の全てであるからです。

シーバとバーバラの共通点は、孤独です。ある程度の距離を置いた関係を続けていれば、お互いに孤独を癒すためのよき友人となっていたはずです。人間関係はビジネスと異なりギブ&テイクではないのですから、「俺はこんなにしてやっているのに、お前・・・」など、共同創業者や部下に同等の見返りを求めてはいけないと、将来の起業家・アントレプレナーの閲覧者の方に諭してくれています

英国的な言い回しが多くでてきて、楽しませてくれます。「現実と理想はチューブ(地下鉄)のホームと車両の間のようだ」(現実と理想には埋めがたい大きな溝がある)とか、「密林の猿がジン・トニックを飲む」(労働者階級の少年が美術に興味を持つ)などの、シェイクスピア以来伝統のの含蓄ある言い回しは、まさに英国映画ならではのものでしょう。

ケイト・ブランシェットのファンはもちろん、物語のプロットで作品を選ぶ方、俳優の演技力に酔いしれたい人、英国と日本の違いに触れたい英国好き、などにおすすめできる良質な作品といえるでしょう。

著者:松田遼司
東京大学卒業後、世界のトップ20に入るアイビー・リーグのMBA修了。外資系IT企業のアナリスト、エグゼクティブ、Web社長等を歴任。3度起業し、2度のエグジットに成功している。
FX業界の重鎮である今井雅人氏の5冊の著書を再構成・無料公開した「FX初心者の資産形成・運用向け今井流FX入門・始め方と口座比較」の講義解説者でもある。

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