起業家講義

弁護士ドットコムの事業化戦略

講師:元榮太一郎(オーセンスグループ株式会社 代表取締役社長)
2014年6月18日講演

掲載:2020/9/14

最終更新日:2023/09/21

※記事の内容や肩書は、講義時のものです

事業を立ち上げる時っていうのは、信用もない、実績もない、ないないづくしの状況ですから、そういった時に「なんだか面白いな」「一緒に仕事がしてみたい」と思ってもらうための一つの武器として、理念やビジョン、志、というのは非常に重要だと思うわけです。

日本初にして日本最大の法律相談ポータルサイト、「弁護士ドットコム」。インターネット法律相談(有料)、弁護士一括見積もり依頼、弁護士検索、みんなの法律相談(無料)などのサービスがあり、月間3000件の相談が寄せられています。「弁護士ドットコム」の創業運営者である元榮太一郎氏は、第二東京弁護士会に登録する弁護士でもあるという異色の起業家で、起業家・アントレプレナーを目指す方が集うアタッカーズ・ビジネススクール(起業家養成学校)で学んだという経歴も。ビジネスを成功させるために必要なのは、「想い」の部分であると語る元榮氏に起業までの道のりと、成功要因をお話しいただきました。

日本初の弁護士検索マッチングサイト「弁護士ドットコム」とは

私は2005年4月から起業家・アントレプレナーを目指す方が学ぶアタッカーズ・ビジネススクール(起業家養成学校)19期生として起業戦略講座を受講しました。その練り上げたビジネスプランがまさに「弁護士ドットコム」という、本日お話しする事業です。 弁護士ドットコムは、日本初、そして日本最大の法律相談ポータルサイトです。弁護士サービスをもっと身近にしたいという思いで立ち上げたサイトで、登録弁護士数は現在約1800名。今、全国に29000名の弁護士がおりますので、シェアでいうと6パーセントというところです(※2020年4月に登録弁護士は国内弁護士の45%超となる約19,000人。「2020年3月期決算説明会資料」より)。 1案件につき2往復メールベースで相談ができる有料のインターネット法律相談、弁護士費用の一括見積もり、弁護士ドットコムのユーザー評価を基にした弁護士の検索サービス、そして、「みんなの法律相談」という、Yahoo!知恵袋のような、ユーザーも弁護士も回答ができるコミュニティQ&Aサイトの4つのサービスを展開しています。「みんなの法律相談」は弁護士の先生には無料でご回答いただいており、これまでにない独自性があるため、相談数がかなり伸びている状態です。  

弁護士、そして起業に至る原体験となった大学2年生の交通事故

大学時代、楽しく過ごしていた学生生活に転機が訪れたのが、大学2年生の後半でした。冬で2月のことだったと思います。月8万円の自動車ローンを組んで中古車を買いました。アルバイトとお小遣いで8万円を払ってしまうと、ほとんど残りがないというような無謀な自動車購入だったので、任意保険に入るかどうかで非常に悩んでいました。事故を起こさなければ掛け捨てになる保険でしたので、「これ無駄になっちゃうんじゃないか」と。そんな中、悩んでいたバチが当たったのか、購入から2週間経った時に事故を起こしてしまいました。 お先真っ暗な気分の中、すぐに保険会社との交渉が始まりました。向こうは示談交渉のプロです。私は二十歳そこそこで、法学部とはいっても法律の知識は全くありません。担当者はそれを見抜いていて、「このケースは、あなたは10:0です」と言ってきました。つまり、私が全部悪いから全部払いなさいということです。その時、悲嘆に暮れていた私を見かねた両親が、「こういう交通事故は弁護士が役に立ってくれるんだ。行ってみたらいいんじゃないか」とアドバイスしてくれました。すると弁護士が、「こういう案件は過失割合が判例でほぼ決まっているんです。確かにあなたの方が悪いけれど、先方も注意義務を怠っているので、7:3であなたが悪い。10じゃない」と。このことを、弁護士にアドバイスを受けたと先方に伝えたところ、あっさりと7:3で収まってしまったということがありました。 この時、人が困っている時に役に立てる弁護士という仕事は本当にすごいなと思いました。絶対に弁護士を目指そうと決意しましたし、同時に、普通の人の生活に降りかかるような交通事故の案件について、一体誰に頼めばいいのか、弁護士に頼むことが分かったとしても報酬がいくらで、どこにどういう弁護士がいるのかが全く分からない。ブラックボックスになっていることに疑問を感じました。弁護士というのはもっと市民にとって身近にならなければと思ったことが弁護士ドットコムの原体験になっていると思います。 その後、司法試験を無事に突破。ちょうど司法修習生だった2000年頃、法曹人口を毎年3000人増やそうという司法制度改革が進められていました。毎年3000人増えていくと2018年には弁護士人口が5万人くらいになるんですね。新聞の一面に「弁護士も大競争時代へ」とあり、今までのような古き良き弁護士の時代が終わりを告げるならば、生き残れる弁護士になるために、弁護士+αとなる差別化や優位性を常に意識していかなければと考え始めたのがこの時でした。  

勤務弁護士時代に芽生えた「ビジョン」の実現に向けて

司法修習時代を経て、私は「アンダーソン・毛利・友常法律事務所」でM&Aの法務監査など、企業買収や合併が花盛りの時代を企業法務ロイヤーとして充実感を持って取り組んでいました。しかし、弁護士というのはクライアントの想いを実現するお手伝いが役目であり、自分のビジョンを入れる余地が限定的なことに気づき始めていたんです。そして、28歳の時。一度きりの人生、何かもっとワクワクして、血沸き肉踊る生き方しないと、ブレークスルーはできないのではと思うようになりました。2004年当時、若くても時代の表舞台に出てくような経営者が現れ始めていた時期でもありました。自分も「起業」というものをテーマにしてみようと思い立ったのです。 起業のモチベーションを高めるためには、私にとって何がやりたいのか、夢を膨らませるのが最も大事だと考えました。自分にとってのコアコンピタンスは何なのかと考えた時、やはり弁護士なので、法律や司法の世界だなと思ったんですね。ですので、弁護士・法律を軸に置こうと決めました。また、ちょうどインターネットの世界ではWeb2.0などの息吹が起こっていた時期ですので、弁護士だけれどインターネットと掛け合わせることで、何か異質な、独自のものができるんじゃないかなと思い、ずっとその二つでできることを考えていたんです。その時目にしたのが「引っ越し比較.com」でした。「価格.com」などのモノを扱うのであれば比較できるだろうなと思っていたのですが、「引っ越し比較.com」はサービス比較している。すごいなあと思ったのと同時に、大学2年の時の自動車事故の経験がフラッシュバックしてきました。あの時の自分に弁護士サービスを比較できるようなサイトがあったら、多分使っていたし、相当便利だったはずだと。あの時の自分みたいに、いろんなトラブル抱える人達に役立つサービスになるんじゃないかと思いました。 「これは芽がありそうだ。絶対やろう」と思ったわけです。新しい時代の弁護士が大量に入ってきて3000人時代が始まる2007年より前に立ち上げなければと思いましたし、リーガルマーケットが拡大していることを見越して他の企業も入ってくる可能性があったので、事業を思いついた1か月後には「退職したいです」と事務所に伝えました。  

起業準備スタート ~起業・スタートアップのためのアタッカーズ・ビジネススクール(起業家養成学校)の受講と仲間集め

2005年の1月に退職して、自宅で開業しました。当時は元榮法律事務所という事務所名で名刺を作り、弁護士ドットコムの事業をプランニングし始めたのですが、もちろん弁護士としては開店休業状態でした。司法試験は通っているので、法律については多少の専門性はあるのですが、事業家、起業家としては全くのゼロスタートなので、事業計画などは全くのド素人なんですね。これは何かしらのペースメーカー必要だと思い、出会ったのが、大前研一さんのアタッカーズ・ビジネススクール(起業家養成学校)でした。しかも、事業計画コンテストで上位に入賞すると大前研一さんにプレゼンできるため、これはやりがいあるなと。また、自分の事業プランが単なる思いつきに過ぎないのか、社会的要請はあるのかを大前研一さんにぶつけてみるのはとても有効なのかなと思い、「起業戦略講座」を受講し事業計画に落とし込んでいきました。 また同時に、サイトを立ち上げるための仲間探しを画策したのがこの時期でした。私の場合は比較的恵まれていまして、大学のゼミの後輩だった弁護士がビジネスプランにすごく共感してくれて、その彼のルームメイトがNTTのエンジニアであると。更にその友人でベンチャースピリットある組織でやってみたいというYahoo!オークションの立ち上げメンバーだったエンジニアも加わってくれました。これが創業メンバーの成り立ちです。非常にやる気になってくれて、弁護士ドットコムをどうしていこうかと私の自称執務室で始めたわけです。2005年の7月にオーセンスグループ株式会社を設立、2005年の8月に弁護士ドットコムの運営を開始しました。

弁護士ドットコム、スタート ~初期の幸運と苦労の数々

起業家・アントレプレナーを目指す方が学ぶアタッカーズ・ビジネススクール(起業家養成学校)の起業戦略講座では、幸いにも事業計画コンテストで上位入賞し大前研一さんにプレゼンしたところ、大変好評をいただきました。大前研一さんが、「実は私も専門職っていうのはちょっと敷居が高すぎるから、何か変えた方がいいんじゃないかと構想したことがある」とのことで、「こういうサービスあったほうがいいと思うし頑張ったらいい」と激励の言葉をいただきました。ここまでいろいろありましたが、弁護士ドットコムの運営をやめようということにならなかったのは、やはり大前研一さんにあの時、こういうサービスは世の中に必要だと言っていただいたことが、私の中では非常に心の支えになっていたのだと思います。そういう意味で、起業戦略講座で大前研一さんにプレゼンさせていただいたことは、今も本当に感謝しています。 そのようなスタートを切ったところで、2005年の10月に、またこれも幸いなことに朝日新聞、読売新聞にご紹介いただくことができました。新聞に取り上げてもらうためにかなり努力したんですが、こうしたパブリシティの糸口を掴むと、その後すごくいい波及効果になっていきます。「何の実績もない中で、出せるのは想いだけだ」とそれを伝えたところ、両紙への同日掲載が実現でき、それが読売新聞オンラインに、さらに連携しているYahoo!にも掲載され本当ラッキーなことにYahoo!のトピックスになりました。今まで1日に数十人しか来なかったサイトが訪問者2万人、12万ページビューになったのです。やはりパブリシティというのは非常に重要だと実感しました。 そういう話を聞くと一見順風満帆なように見えますけれども、かなり立ち上げ時は困難を極めました。例えば、登録弁護士数の伸び悩みです。当時はまだ弁護士大増員時代も現実になっていない時期だったので、20世紀型の弁護士の先生がまだまだいらっしゃいました。わざわざネットで自分から顧客開拓する必要がないという弁護士が非常に多かったのです。また、立ち上げ時の運営資金の枯渇もありました。正直なことを申し上げると、その頃少しずつ増え始めていた弁護士・元榮としての法律顧問報酬などでやりくりしながら、なるべく運営コストをかけない形で細々とやっていました。  

「オーセンスグループ株式会社」と「法律事務所オーセンス」の相乗効果

弁護士ドットコムでメディアに取り上げられるようになると、そういったベンチャースピリットを持った弁護士に、同じような目線や感覚で法務顧問してほしいという依頼が入ってくるようになりました。私自身、ベンチャー企業の経営の仕方やビジネスモデルなどもかなり勉強しましたし、経営者の自伝も多く読みました。法律相談に来た社長さんと話すと、たちどころにその事業モデルが分かるわけです。「こんな弁護士初めてだ」と評価していただき、知り合いの方を紹介していただいたりもしました。世の中の人がこれだけ面白がって必要としてくれるのも自分の運命であり、社会的な役割なのかなと思いました。 また、弁護士ドットコムの経営者が、弁護士としてプレーヤーである方が説得力があるんですね。この業界は新たなサービスモデルを必要としているから私たちは弁護士ドットコムを展開しているんです、というストーリー性を打出しやすいということにも気づいたんです。ですので、弁護士ドットコムを運営するオーセンスグループ株式会社と法律事務所オーセンスとの二頭体制でやらせていただいています。走りながらその時々で臨機応変に考え、対応してきた結果、今の最適解になったのだと思っています。当初の私は想像もつかなかった状態が今あるということは間違いありませんが、一方で、今後この形でやってない可能性もあると私は思っています。  

「4つ」の起業の成功要因

ここまでサービスの運営を継続することができた成功要因はなにかと問われるならば、まずやはり「日本初」というものを実現できたことが挙げられるのではないかと思います。とりわけネットの世界では先行者優位が非常に強いと言われています。パブリシティで取り上げていただいたのも、やはり「初」だからだと思うんです。 また、2つ目は「コアコンピタンス」を意識したことだと思います。弁護士と法律という、自分にとって最も地理の明るい分野にこだわったことで、今後弁護士が増えていくとどのような世界になるのか、経営者弁護士がどんなことに苦しんでいるのかといったことは、同じ弁護士なのでどんどんの人に会う中で聞き取りができました。弁護士業界を他の人より知っているからこそ、今、地殻変動が起きていて、この業界は幕末のような様相を呈していることが分かり、その先にたぶん維新のようなことが起きることも分かるのです。 3つ目は青臭いんですが、でもすごく大事なことだと思っているのが、弁護士や法律をもっと身近にしたいという「理念」です。理念とかビジョンとか志とか、そういった想いをたぎらせながら大事なプレゼンを行うと、その社会的意義に共感して、多少寛容な評価を受けることが大きいと思うんです。テクニカルなことを理由付けとして使ってしまうと、その裏側を見透かされてしまうものです。ですから、何か事業をやる時は、理念というものをしっかり自分の頭の中で整理して、いつも話せるようにしておくということが、0を1にする作業の中では非常に大切なのかなと思っています。事業を立ち上げる時というのは、信用もない、実績もない、ないないづくしの状況ですから、そういった時に、なんか面白いなと思って一緒に仕事がしてみたい、取引してみたい、そういうふうに思わせるひとつの武器として理念というのは非常に重要だと思うわけです。 最後、4つ目は、一人になっても続けたいという想いも非常に重要だと思います。その想いがある限り、全てを自分事ととらえることができるので、何か上手く行かない時に外部要因ではなくて自分の中で問題がある、絶対自分で解決できるという気持ちになれるのです。何か事業プランを練り上げる時に、この事業だったら絶対一人になってもやり続けたいと思えるかどうかというのも、その事業を進めていくかべきかどうかの判断材料になるんじゃないかなと思います。 最後の2つは情念的な話になりましたが、ビジネスとメンタルは別モノではなく、切り離せないものだと思いますし、メンタル的なものというのは非常に重要だと思っているため、成功要因として振り返らせていただきました。  

今後の成長戦略 ~世界一のリーガル先進国を目指して

今後、日本を世界一のリーガル先進国にしていくために、「弁護士×IT」、「法律×IT」というものを使って、徹底的に弁護士サービスを進化させていきたいと考えています。例えば4年後に、弁護士登録数を2人に1人は弁護士ドットコムに登録しているというような状態にまで持っていきたいと思っています。さらに、相談件数100万件も目指しています。 また、弁護士初のIPOを目指し、弁護士という資格の新しい可能性を私の生き様の中で感じてもらえたらいいなと思っています(※2014年12月11日、東京証券取引所マザーズに上場)。弁護士というのは弁護士になるためのパスポートではなくて、その資格、知識を得てさらに世の中に羽ばたくための一つの資格であるということを私自身が示せれば、弁護士業界に対する貢献にもなるかもしれません。

経歴: オーセンスグループ株式会社 代表取締役社長。1975年 米国イリノイ州エバンストン市に生まれる。1978年 家族とともに帰国。神奈川県藤沢市に居住。中学校の時に家族とともにドイツに移住。高校の時は単身帰国し、神奈川県立湘南高校に進学、1994年卒業。生活費は仕送りとアルバイトで賄っていた。1998年 慶應義塾大学法学部法律学科を卒業。1999年 旧司法試験に合格(第54期司法修習生)。2001年 第二東京弁護士会に登録。2001年 アンダーソン・毛利法律事務所(現、アンダーソン・毛利・友常法律事務所)に入所。M&Aや金融など企業法務を専門としていたが、2005年に退所し、独立して法律事務所オーセンスを開業する。2005年 オーセンスグループ株式会社(現・弁護士ドットコム株式会社)を設立。現在、法律相談ポータルサイト「弁護士ドットコム」、税務相談ポータルサイト「税理士ドットコム」を運営。

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