起業家講義

LINEの挑戦

講師:森川 亮(LINE株式会社 代表取締役社長)
2013年5月13日講演

掲載:2020/9/28

最終更新日:2023/09/05

※記事の内容や肩書は、講義時のものです

一番大事なことはシンプルでわかりやすいこと。そこに価値を集中させることが一番大事なんじゃないかと思うわけです。コンセプトを具現化するためにだいぶそぎ落とす。これを削ったらその価値がなくなるというところまでそぎ落として、徹底的に速いスピードでやる。それが僕たちのやり方です。

今や生活インフラの一つにまで浸透したと言っても過言ではない「LINE」。ユーザー同士であれば国内外や通信キャリアを問わず、無料通話やチャットが楽しめるコミュニケーションアプリです。2011年6月にサービスを開始して以来、世界230以上の国と地域で利用され、国内の月間アクティブユーザー数(MAU)は8,400万人以上、日本の人口の66%以上をカバーするに至っています(「LINE Business Guide 2020年7-12月期」より)。世界の生活インフラとなるプラットフォームを作り上げてきた、ここまでの成長には、「サービス・事業に対する一貫した考え」と「それを実現させるための組織のあり方」が大きな役割を果たしていました。

東日本大震災をきっかけに立ち上がったLINEのサービス

僕がこの会社に入ったのが36歳の時でして、渋谷の雑居ビルで、社員は30名ほど。パソコンも買ってもらえないような赤字の会社でした。そこから事業が急成長して、平社員で入社したのに、1か月後には事業責任者になり、そこから会社が200%くらいずつ成長して、4~5年で売り上げが100億円程度にまでなりました。今、社長になって7年経ちますが、毎年目まぐるしく様々なことをやりながら事業を推進してきました。

そもそも僕たちの会社はPCで成長した会社です。「NAVER」も「livedoor」もそうですし、ゲームの事業もやっており、これらはPCでかなり事業シェアを取っていました。ですが、PC事業のほうが投資に対して効果があるので、その分新し事業に投資しづらく、携帯電話事業は遅れていたんです。ですので、PCの事業とは完全に切り離して、世界に通用するスマートフォン事業・サービスについて、2010年くらいからずっと考えていました。当時、スマートフォンは儲からないとか、リテラシーの高い人しか使わないとか、いろいろな意見があったのですが、僕たちはスマートフォンが間違いなく次のインフラになると思っていたんです。

そんな中、東日本大震災が起こりました。会社を急遽封鎖。一部のスタッフだけ福岡に移って事業を継続し、それ以外の社員の安否確認は自社のサービスでやっていたんです。そんな中で、どうやったらきちんと連絡が取れるか、メッセージを送ったものを見てくれているのかなど、不安に感じることがたくさんありました。また、TwitterやFacebookのユーザーが急激に伸びるのを肌で感じていたんですね。このタイミングで僕たちがやらなければ、おそらく他にやられてしまうだろう、また、早く会社を立て直さないと潰れるかもしれないという危機感もあり、福岡から2週間で戻ってきて、そこから1.5か月で開発をしました。
 

初期のLINEの3つの成功要因

最初にLINEが提供したのはメッセージングの機能だけでした。TwitterやFacebookと同じようなものを作っても、競争力もないしそれでは意味がない。僕たちは身近な人たちと本音で話せる場をつくろうということになりました。

LINEの成功の要因をまとめると、次の3つになります。

1)スマートフォンへと市場が移っていくタイミングをいち早くとらえた

携帯電話のサービスをしていた会社さんは、ブラウザベースのサービスが多かったんです。そういう会社はアプリをつくる技術者がいませんでした。しかし受け手からすると、ブラウザーを立ち上げて検索し、ブックマークに入れて…というよりは、ボタン一つで立ち上げたほうがサクサク動くし早いし、多少便利。そのうえ、ログインもしたくないしというところが大きかったです。また、タッチパネルに慣れていない人でも、より簡単にシンプルに使えるという、そういったところにLINEはこだわるようにしました。結果的に、もともとインターネットのサービスは30代の男性でリテラシーが高い人たちからじわじわ広がっていくのに対して、僕たちはパソコンも触ったことがない、SNSもやったことがないような若い女性や主婦、お子さんなどからワーッと広がって、そこから、逆に男性に広がっていくことになりました。

2)クローズドにすることで、「コミュニケーション」という最大のニーズを押さえた

TwitterやFacebookのように、コミュニケーションはオープンにすればするほど本音が言いにくいし、営業目的で近づいてくる人なども増えてきます。普段の生活においては、もっとシンプルに、そしてより安心してコミュニケーションを取りたいというニーズがあるはずです。そこで、クローズドのコミュニケーションに特化するということにしたのです。

3)InformationではなくEmotionを伝えるコミュニケーションを具現化した

普段のコミュニケーションの中で、いわゆる「情報」を伝えたいと思って伝えるコミュニケーションはどのくらいあるでしょうか。プライベートにおいてはあいさつに始まり、相手がどんなことを考えているのかなとか、相手と気持ちでつながりたい、感情を伝えたいということが多いんじゃないかなと。これまで情報を伝えるものはたくさんありましたが、感情を伝えるものはなかったため、僕たちはこれを具現化しようと考えました。そこで選んだのが、スタンプというよりサイズも大きくて表現も豊かなものです。絵のほうがより伝わりやすく、好きなキャラクターを選べば自分らしさを出せるということもあり、現在スタンプを利用するユーザーが全体の80%ほどです。

今や、日本だけではなく、世界の国々でメッセージがやり取りされています。世界のコミュニケーションをLINEが変えたのかなと思っています。
 

「コミュニケーション」にこだわった草創期から、プラットフォーム事業化のフェーズへ

LINEが立ち上がって、当初はコミュニケーションというところにこだわり成長し、今度は「プラットフォーム」という事業化のフェーズを考えようということになりました。インターネットの世界でいうと、最初に生まれたプラットフォームがYahooさんの情報検索でした。検索機能のまわりに儲かる商材を置いて、検索をしに来た人たちにお金を使ってもらう、もしくは広告を出すというビジネスモデルだったわけです。その後、Googleさんの検索が出てきて、コンテンツページにダイレクトに飛ばせるため、いわゆる検索連動広告というものが生まれました。それまでのプラットフォームの価値というものを大きく壊したのがGoogleさんだと言えます。次に生まれたのがFacebookやTwitterのような、Googleの検索が入れない仕組みができて、自分に合ったページなり情報なりが集まる、ソーシャルのプラットフォームというのができたのかなと思っています。

ただ、スマートフォンになって大きく変わったのがアプリというものです。アプリに関してはGoogleさんやAppleさんには非常に厳しいレギュレーションがあって、課金やアプリ外との連携には様々な規定があるため、ウェブで未だに頑張っている会社さんもあります。僕たちはそれを見ていて、アプリで新しいものを作れば勝てるだろうと考えました。一つひとつの機能対して1つずつのアプリが原則ですので、そうすると、よく使うものをデスクトップに並べようということになるんですよね。ある意味、スマートフォンのデスクトップがいわゆるポータルのような形になるわけで、そこを押さえることが重要になるんです。

そこで僕たちがやったのは、LINEというコミュニケーションのツールがあるので、それをゲートウエイサービスとして使うことです。どういうことかと言うと、全てのサービスはすべて立体的につながるんですけど、そのつながる力がコミュニケーションになればよいのではないか。全てのサービスがコミュニケーションと組み合わせることでLINEを必ず通っていくことになり、LINEがゲートウエイになるという考えです。それによって、全てのサービスもコンテンツもより価値が出てくる、そういうものを一個ずつ創り上げたということになります。

コンテンツ・サービスをLINEと組み合わせて単純に数を並べたとか、目立つところに置いたということではなく、新しいプラットフォームの在り方を作ったということです。もうちょっと具体的に言うと、LINEというのはシンプルにコミュニケーションをするツールなんですけれど、そのコミュニケーションをするうえでもうちょっとあったらいいなという、例えばカメラやお絵かきソフトといったものを増やしました。単にコミュニケーションをするというところから、コミュニケーションに価値を高めるために必要、もしくはあったらいいなというツールを連結させることで、そのアプリも伸びるし、コミュニケーションも活発化するということで第一弾の価値を作っていったということです。
 

オフラインにもウェブマーケティングを ~ビジネスプラットフォームとしての成長

ここからはマーケティングのビジネスプラットフォームの話をしたいと思います。

スマートフォンがあらゆる生活の場に出てきて、メディアの主戦場になりました。待ち時間やテレビを見ながらとか、いろいろなシーンでスマートフォンを触っているという状況下で、僕たちは今までのマーケティングを変えようとチャレンジをしました。

今までのウェブマーケティングでも、eコマースやコンテンツ・ゲームのビジネスなどはクリックから購買に至るすべてのデータが取れるため、投資効果が測れていました。しかし、例えば自動車や住宅の広告など、オフラインの事業では効果がなかなか見えい状況でした。Yahooさんのトップのバナーなんかは「ブランディングです」というわけなんですよね。道の看板と同じようなものです。一方、僕たちが作ったサービスは、ブランディングやロイヤルティなど見えないものに振り回されることのない、おそらくインターネット市場で初めて、オフラインのウェブマーケティングでも売り上げが出せるという結果を示したと言えると思います。

例えばローソンさんの事例で言うと、毎月300万円ほどいただいてユーザーさんを集めて、現在600万人くらい会員の方います。特に若い方が多くて、例えば高校が終わるころにから揚げのクーポンを送るんです。そうするとお腹を空かせた高校生がクーポンを手についローソンに寄ってしまうと。1回の発信で10万人以上が帰り道にから揚げを買い、さらにから揚げだけではなくて他のものも買う。1回配信すると1億円くらい売り上げが上がるということで高く評価していただいています。今までメディアが一方的に送り付けていた広告とは違い、僕たちは使ってもらえる広告を作ったということです。

また、スポンサードスタンプというサービスにおいては、実際にスタンプを使うことでキャラ認知やブランド好感度が上がり、商品の購入や店舗への訪問が9.1%ほどあったというアンケート結果が出ました。これは広告をやったことがある人は本当にびっくりする、すごい数字なんです。

なぜ人が動くのかというと、一つ目は携帯電話ということで常に持ち歩いており、発信された瞬間に反応しやすいということがあげられます。移動中、待ち時間、ランチ前、休日前など、生活動線の途中で読まれるわけです。また、これまでメール広告ではスパムが増えてきて読まれなくなるということがありましたが、LINEに関しては、企業からのメッセージの量はかなりコントロールしています。メリットをちゃんと作ることによって開封率が上がり、開封率が上がることで即時性が上がるということにつながりました。

LINEの組織の考え方

ここからは組織の話をします。

1)敢えて事業計画を立てない ~変化に柔軟な組織文化に

なぜ僕たちは敢えて計画を立てないかと言うと、物事は計画通りにいかないからなんです。人は計画を立てるのは結構好きで、計画を立てるのに結構な時間をかけて、計画が変わると変更するのに時間をかけて…と。そうすると、本当に計画を実行する時間がなくなっちゃうんですよね。実行にどれだけ時間をかけられるのかなと言うところが本質だと思っているのが一つです。特に、計画が好きな人は計画通りにいかないとストレスがたまるんですよね。計画変わっただけで、社長は朝令暮改だとか、信念がないとか言われたりもします。なので計画は敢えて立てませんし、立てたとしても計画はありませんと言います。変化に柔軟な組織文化を作ることに意味があると思っています。

2)徹底したアジャイル型 ~デザイン、開発を同時に進行。いち早くプロダクトを投入

徹底したアジャイル型とはどういうことかと言うと、まずは、ほとんど会議がありません。また、会議がないというのはどういうことかと言うと、議論をあまりしません。リーダーを決めたら、リーダーが徹底した早いスピードで動いて、そこに人がついていくというスタイルです。ついていけない人は置いていきます。これまでの日本の傾向としては、遅い人に合わせていたために全体のスピードが遅くなっていました。僕たちは一番早い人に合わせるんです。その分、早いスピードが維持できるのです。また、文章は作りません。文章を書くと遅くなるので、その代わりに絵をかきます。コンセプトは事業責任者と企画者が決めますが、プロジェクトリーダーはデザイナーが多く、日中に決まったコンセプトに対してデザイナーが徹夜で絵を描くんですよ。その絵を見ていいなと思ったら、それを開発チームに回すということを繰り返しています。これによって、一つのプロジェクトを形にするのに3分の1くらいの時間で作れているのではないかと思います。

ですので、フルスペックではなく、スモールスペックで市場に投入することを重視しています。おそらく議論して計画を作ってじっくり開発すると、その間に自分たちがやろうとしていたことがどんどん世の中に出てしまうんです。そうすると作っている側としては不安なので、差別化だとかうちの強みだとかいろいろと理由をつけて、いろんなものを付け足そうとするんですよね。受け手側にしたら、いろいろなものがついているとよくわからないし、面倒くさい。一番大事なことはシンプルでわかりやすいこと、そこに価値を集中させることなんじゃないかと思うわけです。僕たちはまずはコンセプトを決めたら、そのコンセプトを具現化するためにだいぶそぎ落とすと。これを削ったらその価値がなくなるというところまでそぎ落として、徹底的に速いスピードでやる。その中でわかりやすくいいものができる。それが僕たちのやり方です。

3)投資を集中 ~様々な方向から可能性を探るが、攻め入るときは一点集中

プロダクトもそうですし、事業もそうです。いろんなものを片っ端からやるというよりは、とにかく勝てるものに集中すること。顕在化したニーズを一個ずつ潰すことで事業が拡大できていた時代は終わり、今や顕在化したニーズというのは価格を安くすること以外にはないんじゃないかなと思っています。一方で、顕在化していないニーズをいろいろと試すのはリスクが非常に高く、おそらくほとんどが失敗するのではないかと思います。それであれば、顕在化していない何か一つのニーズに集中をすることで、失敗してもリスクが少なくなるし、また、失敗から成功を磨き上げていくことができるので、早いスピードで成功できるんです。さらに言うと、シンプルで本当に価値が高いものだけに集中したほうがいいと思っています。僕たちは点で1個ずつNo.1を作っていくことを目指しています。それがいずれは一つの大きなNo.1になっていくと思って進めています。

そうやって速いスピードで世に出して、サービスリリース後にデータを見て、かなり早い段階で改善をしていっています。議論したり専門家の意見を聞いたりするより、反応を見ながらユーザーにアジャストして、とにかく高速でPDCAを回していく方がおそらくニーズは満たせるだろうと、そういうやり方を取っているということです。

LINEのこれから ~市場変化=チャンス

変化は当たり前の時代なのだと思っています。人類の歴史を見ても常に変化は繰り返され、変化に対応できた者が生き残ってきました。ですので、この変化をポジティブにとらえてチャンスに変えていくことが経営戦略上重要なのかなと思います。

今後、LINEがどんなふうに考えているのか、数字の計画はありませんが、イメージはあります。キャッチフレーズとしては「生活のインフラになります」と言っていますが、それはどちらかと言うと空気みたいなものです。意識しなくても自分のそばにあって、生活にとって便利だということ。スマートフォンを使うのであればLINEを使う、LINEを使えば、より便利に豊かになるというものをこれから準備していこうと思っています。

経歴:
森川 亮(LINE株式会社 代表取締役社長)
1967年神奈川県生まれ。1989年に筑波大学を卒業。日本テレビ放送網株式会社に入社。コンピュータシステム部門に配属され、ネットや衛星放送等の新規事業立ち上げに携わる。その後、ソニー株式会社を経て、2003年にハンゲームジャパン(後にNHN JAPAN株式会社、現LINE株式会社)に入社し、07年に代表取役社長に就任。

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