起業・投資のためのシリコンバレーの企業紹介
マカニ(Makani)
掲載:2020/11/2
最終更新日:2020/11/02
※記事の内容や肩書は、講義時のものです
アタッカーズ・ビジネススクールの、投資・副業・起業を目指すミレニアル世代・シニア・女性等への起業のアイデアとなる、シリコンバレー等の注目企業紹介のコラム。今回は、将来の起業家・アントレプレナーであるみなさんに、アルファベットによる通常の風車ではなく、空中に浮かんだカイトによる風力発電装置を開発するMakani(マカニ)について解説していきます。
まずは、風力発電が必要とされるきっかけとなった地球温暖化の歴史と世界情勢について、振り返っておきましょう。
地球温暖化問題の始まりと筆者が問題意識を持った経緯
地球温暖化についてのリスクが日本で語られ始めたのは、1988年頃でした。プライベートな話になりますが、当時東京藝術大学卒業のアーティストと交流があった筆者は彼女から友人を紹介されたのですが、環境問題などに関心のある彼等とすぐに意気投合し、当時は冷戦状態にあったアメリカとソ連(現在のロシア)が協力してIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が設立されるということは、状況は相当まずいということだよねという議論を、昼間のカフェで数時間延々としたことが思い出されます。
そしてMBAに出願するための取得動機のエッセイには、「新しいウォークマンが出たらすぐに買替えることをやめる、車の保有期間を長くするなどして工業化を抑えるべきだ。しかし産業が回らないと経済が発展しないので、当時居酒屋では主流だった星印がついたサッポロビールなどのチープなコップをおしゃれなコップに変える、すべて同じ形の電子ポッドなどの家電をおしゃれなデザイン家電に変えるなど、CO2排出を削減するために長く愛着を持って使える高価な商品の開発を推進するべきだ」というアートによる経済発展という理論を展開しました。アイビー・リーグに属する某トップ20 MBA校に合格できたのはこのエッセイのおかげだと思っています。大学時代にほとんど大学に行かなかったので、GPA(大学の成績)が非常に低かったからです。
地球温暖化問題への世界の取り組みの推移
話が逸れましたが、地球温暖化問題はその後ゆっくりながらも進展していき、1995年にCOP1で地球温暖化対策の必要性が合意され、CO2の削減目標やその手法について議論が行われました。1997年のCOP3で、具体的な排出量削減値を盛り込んだ京都議定書が議決されました。
しかし、その後は議論が進まずに何の施策も打たれることがなく、京都議定書が発行し、法的削減義務が発生したのは2005年でした。この間に地球温暖化問題が世間で話題にのぼることは、ほとんどなくなってしまったのです。
そして2007年には、2000年の大統領選挙で総合得票数でブッシュ・ジュニアを上回りながらジュニアの弟が知事を務めるフロリダ州での不明瞭な開票手続きで落選してしまったクリントン政権での副大統領だったアル・ゴア氏が、地球温暖化への啓発活動によりノーベル平和賞を受賞しました。欧米(米国では民主党氏支持者において)では、温暖化問題が大きな話題となったのです。
しかし、欧州が太陽光発電、風力発電、地熱発電など自然の力による再生可能発電を積極的に推し進めたのに対して、経済優先の共和党政権であった米国は京都議定書を離脱、中国は削減義務がなく排出量をどんどん増やしていきました。
ロシアを含めた2007年開催のG8でCO2を2050年に半減することが決定したものの、いつを基準としてなのかが示されず、同年米国のブッシュ・ジュニア大統領主導で中国を含めた20カ国で開催された気候変動に関する会議で、排出量削減目標には拘束力がないことが合意されてしまいました。
残念ながら、経済よりも環境問題に関心のある欧州や米国の民主党支持層にしか問題意識がなかったというのが、当時の実態でした。
地球温暖化問題への危機意識が強いのは欧州と米国の民主党支持層
ここで閲覧者のみなさんには、米国が一枚岩ではないことがお分かりいただけたと思います。英国人の友人が以前言っていた言葉が分かりやすいので紹介しますと、英国を含めた欧州は米国に例えると、民主党支持層と考え方が一致しているということです。
地球温暖化などの環境問題や性や人種による差別の撤廃、移民の受け入れなどに熱心なのが、欧州や米国の民主党支持層です。民主党のクリントン政権で副大統領だったアル・ゴア氏が地球温暖化への啓発活動でノーベル平和賞を受賞、欧州が再生エネルギーの推進に積極的であり、欧州を旅行すると風力発電用の風車が多く見られる、ドイツのメルケル首相が中東からの移民受け入れに積極的だったことなどで閲覧者の方にもご理解頂けるでしょう。
反対に米国の共和党支持層は環境問題よりも経済優先であり、移民の受け入れには反対という立場です。特にブッシュ家はテキサスが地盤であり、石油産業と密接な関わりがあるため、石油などの化石燃料を否定する再生可能エネルギーには賛同できないという立場に有りました。
2000年の大統領選挙でアル・ゴアがブッシュJrの代わりに大統領となっていたならば、欧州だけでなく米国の主導で地球温暖化対策が進展し、近年大きな問題となっっている世界中で史上最高気温が記録され、北極や南極の海氷が溶け出し、オーストラリアやカリフォルニアの山火事で多くの山林が焼けるという事態も起こらなかったかもしれません。
日本の再生可能エネルギー比率の内訳比較
CO2(温室効果ガス)を排出する化石燃料以外の再生可能エネルギーを詳しく理解したい方は、資源エネルギー庁のウェブサイトを御覧ください。
日本ではダムでおなじみの水力発電が従来から存在しましたが、現在では環境に優しい螺旋水車や農業用水を用いた小規模水力発電も始まりました。他には、家庭でのエネルギー買い取りで話題となった太陽光発電、火山国であることを利用した地熱発電(米国などと異なる方式)が、皆さんにもおなじみなのではないでしょうか?
上記の資源エネルギー庁のサイトをご覧になれば分かりますが、2017年度において日本の再生エネルギー比率は16%と低く、従来の水量発電を除くと8%であり、その中では太陽光が5%と最大となっています。風力発電は0.6%に過ぎません。
世界の再生可能エネルギー先進国は欧州で、主流は風力発電
それに対して、再生エネルギーに力を入れている欧州のイギリス、ドイツ、スペイン、イタリアでは再生エネルギーは全体の3分の1、水力を除いても4分の1ほどを占めています(フランスは原子力が全体の4分の3を占める)。水力を除いた再生エネルギー比率は日本の約3〜4倍であり、欧州がいかに再生エネルギーの促進によるCO2削減に取り組んでいるかが、おわかりいただけるでしょう。
そして、日本と似ており水力と太陽光が合わせて20%と大半を占めるイタリアを除くイギリス、ドイツ、スペインでは、風量発電が全体の15%〜20%と最大となっています。日本の約30倍ですから、欧州を旅行すると風力発電用の風車が目につくのも当然かもしれません。
水力を除く再生エネルギーが10%以下と日本同様取り組みが遅れているアメリカ、中国、カナダでも、再生エネルギーの中では風力発電が最大であり約5%となっています。2018年には世界の電力の約5%、欧州では14%、デンマークでは44%が風力発電でまかなわれているとのことです。
つまり、世界の再生エネルギーの大勢は風力発電ということになります。
風力発電の長所と短所とは?
それでは、皆さんと一緒に、日本ではあまり馴染みのない風力発電について調べていきましょう。
風力発電とは、自然の風を利用してブレード(風車)を回しその力で発電機を動かすというもので、オランダでよく見られる風車の現代版といったようなものです。風力発電用風車の設置数は、日本では2016年度末で約2200基となっているそうです。筆者も、鳥取砂丘を訪れた際に目にした記憶があります。
風力発電のメリットは、以下のとおりです。
- 環境に優しい:燃料を使用せず風力を利用しているためCO2が発生せず、環境に優しい
- 安全:事故が起きにくく、起きても原子力発電と異なりリスクが低い
- 発電コストが低い: 大規模発電を実現すれば火力発電に劣らない電力を発生
- 発電効率が高い: 風車を高くして羽根を高品質にすれは高効率を実現
- 24時間稼働:太陽光発電は昼間のみだが、風があれば24時間稼働が可能
- 陸上だけでなく洋上にも設置が可能
風力発電のデメリットは以下のとおりです。
- 発電量が予測しづらい:自然の力である風を利用するので、発電量が調整しづらい
- 天災に弱い:地震など大きな力が働くと停止し、台風や落雷による破損リスクも有り
- 騒音問題:回転による機械音が発生するので、無人地帯にしか設置できない
- 景観問題:自然の風景を破壊してしまうという議論もあり、自然に溶け込むデザイン性が重要
- メインテナンス問題:沿岸部に設置する場合は風が強い半面、潮風による損傷問題も発生
以上のように長所と短所を羅列しましたが、欧州では景観に溶け込んでおり、人が住まない沿岸部の丘陵地帯に設置するなどすればあまり欠点はないのではないでしょうか?
天災に弱いのは原子力発電も同様であり、環境に優しく発電コストも低いのならば、なぜ欧州のように日本での設置がすすまないのか不思議ですよね?
Makani(マカ二)とは?
さて、これまでの解説で閲覧者の方も、地球温暖化問題と風力発電の重要性についてご理解いただけたと思います。バイデン大統領になって、地球温暖化問題にアメリカも取り組むことになると予想されています。この前提のもとにMakani(マカニ)について解説していきます。
Makani(マカニ)は2006年に設立された、空中に飛ばしたカイトによる風力発電を行おうというスタートアップでした。3人の創立者のうちの一人はプロのウインド・サーファーで、後にカイト・サーフィンという空中に飛ばしたカイトでウインド・サーフィンを行う、日本ではあまり知られていませんが米国西海岸やハワイなど海外では人気の高いスポーツに転向しました。筆者が以前在籍した外資系企業のアメリカ人の同僚や、日本人の開業医のテニスの先輩などは、長期休暇を取ってはハワイやオーストラリアでカイト・サーフィンをしていたことが思い出されました。
数人のカイト・サーファーが、カイト・サーフィンから十分な電力を得られるのではという画期的なアイデアからカイトでの風力発電を行おうとして設立されたのがMakani(マカニ)であり、Makaniはハワイ語で「風」を意味するそうです。
Google(グーグル)が当初から出資(2006年に約10億円、2008年に5億円)していましたが2013年に完全買収し、Makani(マカニ)はXプロジェクトの一つとなりました。Xプロジェクトのテラー氏はクリーンエネルギーの提供はGoogle(グーグル)が何年も解決しなければと興味をもっていた分野であり、Makaniは風量発電に新たな革新的な手法を開くかもしれないと述べています。
一方ファウンダーで当時のGoogle(グーグル)CEOのペイジ氏は、買収にあたって、Xが独自の投資をするのはよいことだが、今後少なくとも5つのプロジェクトは解散となるだろうと注文をつけたそうです。
Makani(マカニ)の特長とは?
Makani(マカニ)は既存の風車ではなくカイトを使用することで、低コストでの風力発電を目指してきました。
Makani(マカニ)のカイトは自動運転され、地上や海上の基地局に結ばれており、空中を旋回すると、主翼に取り付けられたタービンが回転し、発電するという仕組みです。風に向かって風力の数倍のスピードで進むことで取得した風力エネルギーは、カイトに繋がれた電線を通じて地上に送電されます。そのデザインは航空力学を取り入れています。
カイト・サーファーの発想から生まれたことから当初のモデルは布製でカイト・ボードのカイトと酷似していたそうです。カイト・ボーダーのアイデアがビジネスになるなんて日本では考えられないですよね?
このカイト・ボードの発想から、Makani(マカニ)のカイトは競合他社とは異なり発電機が地上にはなく、カイトに内蔵されているのだそうです。下記のTechcrunchの添付ニュースに画像があるので、見ていただければMakaniのカイトのイメージが湧くと思います。1980年に発表された、Crosswind Kite Powerという技術に基づいています。
従来の風力発電と比較すると、
- 風に向かって数倍の速度で飛行することで、静止している従来の風力発電基地局と比較すると、より強力な風力を安定的に捉えることができる
- タワーを必要としないので低コストである
- 高容量
- 陸上にも海上にもより簡単に設置できる
という長所があるそうです。
さらに、アルファベットが開発してきたセンサーやGPS技術、搭載されたコンピュータやフライトコントローラがソフトウェアによるカイトの操作を助けています。
Makani(マカニ)によると、風が強く、安定している海岸から25マイル(約40キロ)に世界中で数億人が住んでいるそうですが、その3分の2は従来の風力発電所を建設するには海水が深すぎて適していなかったそうです。しかし、Makaniの技術を用いればこうした場所にも風力発電で電力を届けることができるとのことです。
Makani(マカニ)にはグーグルXが認めたポテンシャルがあると、起業家・アントレプレナーを目標とするみなさんにも分かっていただけたと思います。
Makani(マカニ)のその後の展開
2013年にXプロジェクトの一つとなって以降Makani(マカニ)は、2015年に再生エネルギーとその効率性の研究開発をしているNRELの元所長だった再生エネルギーの専門家であるフェルカー氏をCEOとして採用しました。
2016年には28メートルの翼長を持つ600kWを発電する試用機を初飛行させました。2018年以降、ハワイのハワイ島でのテスト飛行を続けてきました。そして2019年には石油メジャーの一角であるロイヤル・ダッチ・シェルが投資を行い、事業を共同開発していくこととなり、共同でのノルウェイでのデモ飛行も成功させました。同時にXから独立し、アルファベットの子会社となりました。
しかし、同年には海上での試験飛行中にカイトが行方不明となる事故が発生しましたが、原因は解明されませんでした。
そうした中、テッククランチの記事によると、2020年2月にアルファベットはMakaniを終結すると宣言しました。
Makani(マカニ)の終了から学べること
Makani(マカニ)をアルファベットが終結させたことに驚かれたみなさんも、多かったのではないでしょうか?
アルファベットは、世の中をよくすることを目標に掲げています。クリーンエネルギーを従来とは異なる革新的な手法で提供しようというMakani(マカニ)は、アルファベットのMissionに合致した会社だったのは確かです。
テラー氏は、商用化への道のりが予想以上に困難だということが理由だと述べていますが、筆者の私見でも、創業してから15年ですから、少々時間がかかりすぎているという印象があります。
しかし個人的には、グリーンエナジー企業を応援していきたいので、Makani(マカニ)が出資者であるロイヤル・ダッチ・シェルの協力を得て事業を継続していくということを目にして安心しました。
Verily(ベリリー)傘下のロボット手術機器企業のVerb Surgical(バーブ・サージカル)を合弁企業のJ&Jに100%売却したのは目標と合わなくなってきたことが理由でしたが、アルファベットもやはり利益を生み出し株主に還元することを第一とする米国企業ですので、利益を生み出さない企業に投資をし続けることは難しいということなのでしょう。
筆者は、アルファベットは他社ならば躊躇する世界中を気球で覆うというLoonのような夢物語のようなアイデアの会社であっても、世界を変えるゲームチェンジャーとなりうる技術を要する企業には投資をするというイメージがありました。
しかし、その考え方もここに来て変化がみられるようです。新型コロナウイルスによりその傾向がますます顕著になることが危惧されます。
上記のペイジ氏の言葉が本当ならば、今後他のXのプロジェクトやXから独立した会社にも収益性が厳しく求められてくるのかもしれません。
将来起業されるみなさんは、このようにファースト・ラウンド、セカンド・ラウンドに成功しても気を緩めることをせずに、エグジットのタイミングも計ることが必要なのだとこのMakani(マカニ)の例から学ぶことが重要だと気付いていただければ幸いです。
著者:松田遼司
東京大学卒業後、世界のトップ20に入るアイビー・リーグのMBA修了。外資系IT企業のアナリスト、エグゼクティブ、Web社長等を歴任。3度起業し、2度のエグジットに成功している。
FX業界の重鎮である今井雅人氏の5冊の著書を再構成・無料公開した「FX初心者の資産形成・運用向け今井流FX入門・始め方と口座比較」の講義解説者でもある。
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