海外企業紹介

起業・投資のためのシリコンバレーの企業紹介
ベリリー(Verily)

掲載:2020/8/28

最終更新日:2020/08/28

※記事の内容や肩書は、講義時のものです

アタッカーズ・ビジネススクールのスタートアップを目指すシニア・女性等への起業のアイデアとなるシリコンバレーの注目企業紹介のコラム。今回はアルファベットのヘルスケア子会社であるベリリー・ライフ・サイエンシズについて解説を進めていきます。

アルファベットとヘルスケア分野の関連とは?

ベリリー(Verily)は、ベリリー・ライフ・サイエンシズというのが正確な呼称です。その名の通り、ライフサイエンス分野の子会社です。

ここで、起業・スタートアップを考えていらっしゃるシニアや女性の皆さんも目にすることが多いがよく混同されることになる、ライフ・サイエンスとヘルスケアの定義についてまずは確認しておきましょう!

ライフ・サイエンスは生命科学と訳され、生物学や医学など生命とその構造要素を研究する科学分野です。そのため、植物を研究する農学や魚類を研究する水産学や獣医学も含まれてしまいます。

これに対してヘルスケアは健康管理と訳され、人間にのみ使われます。本来は健康診断など、病気にならないようにする予防医療を指します。

しかし、ここで使われるヘルスケアは業界のことを指しますので、ヘルスケア業界というとメディカル業界と同義語となります。予防医療だけでなく、術後ケアや診断、手術という全ての領域を含みます。病院、医療研究機関、医療機器会社や製薬会社を含む医療業界と認識していればよいと思います。

それに対して、ライフ・サイエンスをうたっている企業は通常のヘルスケア企業と比較するとより研究に重きをおいているということです。

東京大学を例に取ってみましょう。
東京大学医学部や東京大学医科学研究所のように、まだ未解決である癌などの疾患、業界用語ではアンメットメディカルニーズ、の診断や治療方法の発見ための基礎研究を行っている機関がライフ・サイエンスとなります。東大病院のような、実際に診断や治療を実施している機関がヘルスケアとなるわけです。

グーグルはIT企業としてスタートしたので、アルファベットはIT分野の子会社がほとんどを占めるわけです。その中で、キャリコとX傘下の血糖値をモニタリングするコンタクトレンズプロジェクトと並んでヘルスケア分野の子会社であるのがベリリー・ライフ・サイエンシズです。

ヘルスケアはITと並んで、ベンチャー・キャピタルが競って投資を行っている分野です。ヘルスケア分野はIT分野以上に中身のない、赤字であるにも関わらず上場している、上場以前の段階でも時価総額が高すぎる企業が多く存在します。起業家・アントレプレナーになられるみなさんも、このポイントは抑えていたほうがよいと思われます。

アルファベットの場合は時価総額を増やすためではなく、世の中をよくしていきたいという確固たるビジョンが存在するため、自然と本業とは全く関係のないこのヘルスケア分野に進出したのだと考えられます。

ベリリー・ライフ・サイエンシズとは?

Verily life scienceとは、以前に触れたXのライフサイエンスに関するプロジェクトが、2015年にアルファベットの子会社として独立した機関です。この独立した時期について、アルファベットの子会社紹介で簡単に説明した、X傘下の他のプロジェクトと比べてみましょう。

日本でもようやく話題になってきた自動運転技術の研究開発を進めるウェイモが子会社として独立したのが2016 年です。高高度気球を用いた移動体通信システムのルーンやドローン宅配のウイング、グラスの独立は2018年以降となります。アルファベット首脳部から、ベリリー・ライフ・サイエンシズがいかに重要視されてきたかが読み取れると思われます。

この記事にありますように、2017年にはシンガポールの投資会社から約920億円2019年にはさらに米国のプライベートファンドから約1100億円もの資金を外部調達しています。

この英語記事では、ベリリーがより独立に近づいたとあります。アルファベットの経営陣がミッションや目標を変更し、それに合わなくなったと判断した場合は、ベリリーのような優良子会社でも売却されることは日常茶飯事なのが欧米企業と日本企業の違いだといえるでしょう。

ベリリー・ライフ・サイエンシズはこの出資により、親会社のアルファベットだけでなく、ますますシリコンバレーを始めとするVCからの注目を集めることになったといってもよいでしょう。

ベリリー・ライフ・サイエンシズのミッションとは!

ベリリー・ライフ・サイエンシズは世界中にある膨大な患者のデータを有効活用することで、人々がより健康な生活をおくれることを目指しています

そのため後述のように、世界でもトップレベルの医療機関や製薬会社、医療機器会社とパートナー契約を結んでいます。

糖尿病診断やパーキンソン病の原因究明から、免疫システムの解析、ロボット手術領域まで、幅広い分野の研究を行っています。

ベリリーはResearch、Care、Innovationを標語に、革新的なメディカルツールの開発を進めています。

まずは、提携する医療機関から収集した患者データをTerraと呼ばれるクラウドデーターベースに集積し、研究者が簡単にアクセスでき様々な独自の解析をすることを可能にしました。

さらに、そのデータを得意のAIや量子コンピュータ技術で解析し、単なるデータから規則性を見つけることで疾病の予防に役立てようとしています。

患者データの収集や有効化に必要な、次世代のセンサーやツールを開発してきています。

例えば、近年日本でも話題になってきた遺伝子テスト。この分野ではカラー・ゲノミクスとの提携により、複雑な遺伝子テストを得意のディープラーニング技術で解析し、癌などの重要疾患に羅患するリスクをより正確に患者に伝えられるようになると期待されています。

また、日経新聞の記事にありますように、ニコンが買収したOptosという眼底を180度診断できる(糖尿病網膜症は通常の眼底カメラで観察できる黒目ではなく、周辺の白目に発生する)眼底カメラ会社との共同プロジェクトでは、Optosの眼底カメラで撮影された白目まで映った膨大な網膜データを、アルファベットが得意とする量子コンピュータや人工知能を用いて解析し、ある種のパターンを見出すことで、従来の体からではなく眼からの初期段階での糖尿病の発見を目指しています

英語ですが、資金調達の記事の動画をご覧頂ければ、ベリリーが糖尿病患者のデータの解析に力を入れていることがわかります。

スタンフォード大学医学部、デューク大学医学部と連携し、4年間に1万人もの患者を募りクリニカルテストを行い、健康な状態のガイドラインを作成するとのことです。様々な角度からの検証を行い、患者の現在だけでなく、将来の状態の予測を行うという画期的なプロジェクトのようです。

ベリリーのパートナー企業は?

ベリリー(Verily)のパートナーは、医療機器業界のトップ企業からなるといっても、過言ではないでしょう。

全米屈指の医療機関で日本の医師ならば誰もが留学したいと思うメイヨー・クリニック、上記のスタンフォード大学医学部とデューク大学医学部、医療機器メーカーでは手術分野のトップ企業であるジョンソン&ジョンソン(J&J)、眼科分野のトップ企業であるアルコン、トップ医薬品メーカーであるファイザーやノヴァルティス、神経疾患病のリーダー企業のバイオジェンなど、これらの名前を知らないと医療従事者とはいえないという企業ばかりです。

これらのパートナー企業が、ヘルスケア分野では不可欠のマウスから人間までのクリニカルテストや、レギュレーションの方法を提供してくれるわけです。これにアルファベットが有するAIや量子コンピューターによる解析技術、クラウド・データベース技術を加えることで、今までのヘルスケア企業が達成できなかったアンメット・メディカル・ニーズの実現を目指しているのです

ダボス会議に出席したピチャイ氏が話題にしたのは医療分野でのAI活用について!

2020年1月21日から24日まで、スイスのダボスで世界のトランプ大統領を始め各国政府のリーダーや主要企業の経営者やジャーナリストなど世界の要人が参加する世界経済フォーラム(通称ダボス会議)が開催されました。

この会議に出席したアルファベットのCEOのピチャイ氏ロイターの記事にありますように、今後5〜10年、AIの活用で最も大きな可能性が期待できる分野は医療分野だと強調したとのことです。

セカンド・オピニオンという言葉が、日本でも近年知られるようになりました。癌などの命にかかわる疾患にかかった際には、一人の医師の意見に従って治療を進めることは非常に危険です。優秀な医師であっても、ある治療を盲信している、体調などにより誤診を行うこなど、様々な可能性が考えられるからです。まして普通レベルの医師の場合では言うまでもないでしょう。

筆者にも、親しかった女性が某私立有名病院で日本でもトップ3に入る医学部出身の恐らくK.O.L(キーオピニオンリーダー)である医師に陰性だと誤診された腫瘍が、実は悪性の乳癌だと後日判明したという経験があります。多くの医師の友人のつてを使って奔走し、当時はまだ都立病院にいらした現在京都大学教授であるK.O.Lの先生にまでたどり着き、ステージが進んでいたにも関わらず無事に治療していただき大事には至らなかったのですが、結果論にすぎません。

ピチャイ氏が指摘している診断や治療について専門家(K.O.L)の間でも意見が分かれるという高度な話ももちろんですが、ここにあげたように優秀なベテランの医師でも犯してしまう誤診から身を護るという意味で、このベリリー(Verily)が力を入れている患者データのAIによる診断は、我々患者の将来を明るいものにしてくれるでしょう!

米議会で本来は医療機関に属している患者データにアルファベット(ベリリー)がアクセスすることに警戒感があるようですが、今まで解説してきましたようにアルファベットは世の中をよくすることを目標としているわけですから問題はないと思われます。他のネット企業と同一視しているのではないでしょうか?

また、ピチャイ氏が数多くのアルファベットのプロジェクトの中でこの話題を選んだことから、いかにベリリー(Verily)を重要視しているのかが、将来の起業家・アントレプレナーのみなさまにもご理解いただけたことだと思われます。

バーブ・サージカルの売却とその理由

そして、日経XTECHの記事にあるような衝撃的なニュースが飛び込んできました。以前にご紹介したJ&Jとの合弁企業で手術ロボットを開発していたバーブ・サージカル(Verb Surgical)の株式を、2020年中にJ&Jに全て売却するというものです。

ダヴィンチの特許切れで大きなビジネスチャンスが生まれ、2020年には試作機も完成と報じられていた日経ビジネスの記事にありますように、このタイミングでの売却は驚きでした。

しかし、バーブ・サージカル(Verb Surgical)はロボット手術という観点からはアンメットメディカルニーズの達成に貢献しますが、データ解析というベリリー(Verily)が今後目指していく方向からは外れてしまったということなのでしょう。上述の、アルファベットのピジャイCEOが、医療分野でのAI活用に注目していることを語ったことで、その確信が強まりました。

そして、アルファベットもベリリー(Verily)も、共にお金儲けが目的ではなく世の中をよくすることを目標としているのも理由の一つだと考えられます。

また、時価総額世界第4位のアルファベットの傘下にあるため、通常のスタートアップとは異なり、収益は二の次で長期的視野に立ってビジネス・プランを作成できるという点もあるでしょう。

収益の観点から考えると非常にもったいないと感じないかと尋ねられると答えに迷いますが、ライジング・スターであろうとも目標から外れた分野は切るという姿勢を日本企業も見習っていただきたいものです。起業・スタートアップを目標とする閲覧者の方も、今後もベリリー・ライフ・サイエンシズの動きからは目が離せませんね。

著者:松田遼司
東京大学卒業後、世界のトップ20に入るアイビー・リーグのMBA修了。外資系IT企業のアナリスト、エグゼクティブ、Web社長等を歴任。3度起業し、2度のエグジットに成功している。
FX業界の重鎮である今井雅人氏の5冊の著書を再構成・無料公開した「FX初心者の資産形成・運用向け今井流FX入門・始め方と口座比較」の講義解説者でもある。

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