映画から学ぶ起業・スタートアップ向けアドバイス
『わたしを離さないで』9点

2020/11/11

アタッカーズ・ビジネススクール(ABS)のシニア・女性等への映画から学ぶ起業アドバイスのコラム。今回は、起業後に一番必要な粛々と運命を受け入れる潔さを描いた『わたしを離さないで』について、将来のアントレプレナーであるみなさんと共に見ていきましょう。

起業・スタートアップを目標とする方への『私を離さないで』の概要

『私を離さないで』は、2017年のノーベル賞受賞で日本でも一躍脚光を浴びた英国籍の日本人作家カズオ・イシグロによる2005年の傑作を原作とする感動作です。日本では2016年に綾瀬はるか主演でドラマ化されたので、将来の起業家・アントレプレナーのみなさんもご存知の方が多いのではと思われます。

イシグロの作品は多く映画化されており、アンソニー・ホプキンス主演でアカデミー賞8部門にノミネートされたブッカー賞受賞の名作『日の名残り』などが知られています。この『私を離さないで』は、人間は何を目的に生きていくのかということをつくづく考えさせられる名作に仕上がっています。

マドンナやレッチリ、コールドプレイなどのMVで知られるマーク・ロマネクという無名の監督の2010年の作品です。米国最大の映画批評サイトRotteTomatoes聴衆37,846人による平均スコアは3.61となっています。

語り部であるヒロイン役は、キャリー・マリガンです。2009年公開の『17歳の肖像』で英国アカデミー賞主演女優賞を受賞し、イギリスでは当時オードリーの再来と呼ばれるほど期待されていました。その後もフィッツジェラルドの名作のリメイク『華麗なるギャツビー』(13年)でデカプリオの相手役を、コーエン兄弟監督の『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』(13年)でもヒロインを務めました。

準主役のキーラ・ナイトレイ、アンドリュー・ガーフィールドというイギリスの誇る若手俳優の演技も素晴らしいです。

キーラはパイレーツシリーズで日本でもお馴染みですが、ジョー・ライト監督と組んだジェーン・オースティン原作の『プライドと偏見』(05年)ではアカデミー主演女優賞に、やはりブッカー賞作家のイアン・マキューアンの『贖罪』をライト監督が映画化した『つぐない』(07年)ではゴールデン・グローブ主演女優賞にノミネートされるなど、演技力には定評がありました

2代目スパイダーマンとして知られるアンドリューも実は舞台出身で、英国アカデミー賞テレビ部門主演男優賞を受賞した経験があります。この若手3人が主役を務めているのですから、それだけでも真の映画ファンならば見るべき映画でしょう。

起業家・アントレプレナーを目指すみなさん向けの『私を離さないで』のネタバレなしの途中までのストーリー

イギリスの美しい田園地方にあるヘールシャムという寄宿学校を舞台にキャシー(キャリー・マリガン)、ルース(キーラ・ナイトレイ)、トミー(アンドリュー・ガーフィールド)の3人を中心に物語は始まります。設備も素晴らしくきちんとしつけられた生徒たちは、観客に、上流階級の子弟を想起させます。穏やかで知的なキャシーと、勝気で美しいルースは親友です。キャシーはいじめられっこだが、やはり優しさを持つ少年トミーに好意を抱いています。ルースはそんなトミーを好きではないはずなのですが、なぜかトミーと付き合うようになるのです。そうした三角関係にある少年と少女の交流とその後を描く恋愛映画なのかと思わせる展開です。3人を演じている子役の演技も素晴らしく、ピクチャレスクな映像と共に作品に深みを与えています。

しかし、何か違和感があるのです。まずイギリスの上流階級の寄宿学校はパブリックスクールと呼ばれ、近年は共学化してきているものの、基本的には男子校のはずです。そして、クリケットに似たスポーツで境界線の外にでたボールを取りにいかない子供たち。外に出ると手足を切られる、餓死するなどと信じ込まされていて、観客はここが外界と遮断された世界だと気づかされます。そして自分たちの過酷な運命を知らずに無邪気に振舞う生徒たちの姿に耐えられなくなった新任の女教師の一言で彼らが何者かが知らされるのです……臓器を提供するために育てられているクローン人間なのだと。ここで冒頭の「人類の寿命が延び、100歳を超えている時代」という言葉が蘇ってきます。

18歳という適齢期となった3人は、コテージと呼ばれる施設で他の寄宿学校出身者と共同生活を始めます。カップルとなっていたトミーとルースに対し、複雑な感情を抱くキャシー。本当はキャシーを愛しているのですが、ルースを傷つけたくないためにルースとの関係を続けるトミー。キャシーへの対抗心からトミーと付き合っているルース。

「ヘールシャム出身で心から愛し合っているカップルは数年間臓器提供を遅らせることができる」という噂に心を乱された3人。キャシーはその混乱から逃れるために臓器提供を遅らせることができる介護士となることを決め施設を離れ、3人の関係は終わりを告げます。ここからまた新たなストーリーが展開していくことになります……。

『私を離さないで』を観て起業・スタートアップを目指す方に気づいて頂きたい点

高齢化社会が世界でもっともすすんでいる日本人が一番現実的に受け止めなくてはならないのが、高齢化にいかに備えるべきかという問題でしょう。テレビドラマ化もされた吉田秋生の傑作漫画『YASHA-夜叉-』では、一見インフルエンザのようだが抵抗力の弱い老人のみの命を奪う新種のウィルスを国が製薬会社とトップシークレットで開発し、かつての姥捨て山のように、高騰する医療費や年金問題を解決するという、ぞっとするようなストーリーが展開されていました。まるで現在流行中の新型コロナウイルスを予言していたかのような問題作です。

ここでイシグロが描いているのは、もっと平和な解決法です。1997年にイギリスの研究所で誕生したクローン羊ドリーから着想をえたといわれるこの『私を離さないで』は、クローン人間の臓器を移植することで高齢化社会を維持しながら、臓器の老化による医療費の高騰を抑えるというストーリーなのかと推測してみました。

こうしたSF作品が現実的ではない現代の日本で生きる起業家・アントレプレナーを目指すみなさんは、健康年齢と実年齢が10年以上も異なる人生100年時代を生きぬくためには、投資と起業を、役職定年を迎える55歳ぐらいまでには準備しなくてはならないのだと気づくべきでしょう。

役者の演技力、全篇を流れる映像美なども素晴らしいのですが、やはりこの映画で一番心を打たれるのが、臓器提供の為に生まれてきた3人の過酷な運命を甘受するという矜持です。脚本を担当したアレックス・ガーランドは、イシグロが愛した1950年代から60年代(実際は40年代から50年代と思われる)の小津や成瀬が描いた日本映画のわび・さびの世界を表現したと語っています。

しかし、いくらそのために生まれてきたといっても、コテージや病院からの脱走も試みず、抵抗もせず、しゅくしゅくとその運命を受け入れていく姿は、現在の日本人の美意識には全く訴えることはなかったようです。アメリカのアクション大作を見慣れてきた彼等には、クローン人間が反乱を起こして、警察と銃撃戦を繰り広げる姿のほうがよほど共感できるのではないのでしょうか?感動に包まれていた私は上映後の館内で、「暗い」、「訳が分からない」などの否定的なコメントばかりが耳につき、大きな衝撃を受けました。

起業・スタートアップ後にはいろいろなことが起きます。良いことも悪いこともあるでしょう。しかし、起業家には小津の作品に描かれているような、どんなに悪いことが起きてもパニックにならずに、粛々と受け止める潔さが一番必要だと確信しています。

少年の時期に日本を離れ、イギリスに住むことになった異邦の地の日本人イシグロのなかに、今では失われてしまったよき時代の日本人の美意識が生き続け、その作品が日本よりも海外でより愛されているというアイロニーを痛感させられた名作でした。

しかしこの国は一体どこへ向かっていくのでしょうか?

著者:ポッシュF
東京大学卒業後、世界のトップ20に入るアイビー・リーグのMBA修了。外資系IT企業のアナリスト、エグゼクティブ、Web社長等を歴任。3度起業し、2度のエグジットに成功している。
FX業界の重鎮である今井雅人氏の5冊の著書を再構成・無料公開した「FX初心者の資産形成・運用向け今井流FX入門・始め方と口座比較」の講義解説者でもあり、今井氏と並ぶトップFXアナリストの西原宏一氏につけられたあだ名がポッシュ。FはFXのF。