映画から学ぶ副業・起業向けアドバイス
『愛を読むひと』

アタッカーズ・ビジネススクールの、スタートアップを目指すシニア・女性・ミレニアル世代などへの映画から学ぶ副業・起業アドバイスのコラム。今回は、プライドを傷つけては駄目、社員が自信を持って働けることが必要と示唆してくれる『愛を読むひと』について、将来の起業家・投資家であるみなさんと共に見ていきましょう。

副業・起業を目標とする方への『愛を読むひと』の概要

『愛を読むひと』は、日本ではベストセラーとなったベルンハルト・シュリンクの小説「朗読者」を映画化した08年の作品です。第二次世界大戦直後のドイツを舞台に、青年と中年女性の恋を通じて戦時下における行為の罪と人間の誇りについて問うた感動作です。『リトル・ダンサー』（00年）、『めぐりあう時間たち』（02年）で知られるイギリスの名匠スティーブン・ダルドリーが監督を務め、3作連続でアカデミー監督賞にノミネートされるという快挙を成し遂げました。ダルドリー監督といえは、エリザベス2世治世下の英国王室の内情を描いたネットフリックスのテレビドラマ『ザ・クラウン』が、現在欧米では物議を醸しています。起業家・アントレプレナーのみなさんの中にも、ご覧になった方がおられるでしょう。

ベストセラーの映画化の上、映画向けに改変されたストーリーもアカデミー賞で脚色賞にノミネートされており、感動を呼ぶのは当然といえるでしょう。『愛を読むひと』での青年と年上の美女の恋は、『おもいでの夏』（71年）などのようなありがちな甘酸っぱさは微塵も感じられず、何か行き詰るような空気の中で燃え上がっていきます。そうした陰鬱な空気を見事に再現し、アカデミー撮影賞にもノミネートされています。

米国最大の映画批評サイトRotten Tomatoesの視聴者206,924人による平均スコアは、3.83であり、そこそこの評価です。本がベストセラーとなったため日本では話題となったのですが、アメリカ人にはあまりシリアスなドラマは受けないということなのでしょう。

ヒロインのハンナ役が、当時34歳のケイト・ウィンスレットです。95年に『いつか晴れた日に』でアカデミー助演女優賞にノミネートされて以来、97年にはディカプリオ共演のメガヒット作『タイタニック』で主演女優賞、02年には女性作家アイリス・マードックの人生を描いた『アイリス』で助演女優賞、06年にはヒューマン・ドラマ『リトル・チルドレン』で主演女優賞とオスカーにノミネートされてきました。この『愛を読むひと』で念願のアカデミー主演女優賞に輝き、演技派女優としての地位を確立しました。

ハンナを追い求めるマイケルの青年期を演じたのが当時18歳のドイツの新星俳優のダフィット・クロスですが、その後あまり出演作に恵まれていないのは残念です。ハリウッド進出は、ドイツからは難しいのかもしれません。

マイケルの壮年期役が、イギリスの名優レイフ・ファインズです。96年にアカデミー賞作品賞受賞の名作『イングリッシュ・ペイシェント』で主役を演じブレイクして以来、ニール･ジョーダン監督の秀作恋愛映画『ことの終わり 』（00年公開）、カズオ・イシグロの作品をジェームズ・アイヴォリー監督が映画化した『上海の伯爵夫人』（06年公開）、アフリカ･ケニアを舞台とするレイチェル・ワイズ共演の感動作『ナイロビの蜂』（06年公開）、などでイギリスを代表する俳優としての地位を確立していました。寡黙なイギリス紳士を演じては右に出るものがいないレイフにとって、この陰のあるドイツ人弁護士役はぴったりだったといえるでしょう。007シリーズの「M」役といえばお分かりになるでしょうか？

マイケルの父親的存在となるロール教授役は、『ベルリン・天使の詩』（87年）で知られるドイツの名優ブルーノ・ガンツです。近年は04年に『ヒトラー ～最期の12日間～』でアドルフ・ヒトラーを演じ、久しぶりに存在感を発揮していました。

ユダヤ人の犠牲者の家族ローゼ・マーターとその娘の後年の二役を、『存在の耐えられない軽さ』（89年）のもう一人のヒロインであるサビーナ役、『蜘蛛女』（93年）の悪女役で知られるレナ・オリンが演じています。

起業家・投資家を目指すみなさん向けの『愛を読むひと』のネタバレなしの途中までのストーリー

ネタバレなしの途中までのストーリーは、弁護士となったマイケル（レイフ・ファインズ）の回想で始まります。マイケルがまだ15歳だった1958年のドイツのある日、マイケル（ダフィット・クロス）は学校からの帰宅途中に気分が悪くなり、偶然通りかかった路面電車の車掌で20歳ほども年上の女性ハンナ（ケイト・ウィンスレット）に助けられました。3ヶ月後猩紅熱から回復したマイケルは、お礼の花束を持ってハンナを訪ねました。ハンナの成熟した女性の魅力に惹き付けられたマイケルは、翌日もハンナの部屋に向かうのでした。ハンナに命じられて石炭を運んで煤だらけになったマイケルは、言われるままに風呂に入りました。バスタブから出た彼を裸のハンナがバスタオルで優しく包み込み、二人は愛を交わすのでした。

こうしてマイケルは、ハンナの部屋へと通うようになりました。やがてハンナは、ベッドで本を朗読するようにマイケルに頼むようになります。マイケルは、「オデュッセイア」「タンタンの冒険旅行」「チャタレイ夫人の恋人」などを読み続けました。マイケルは一泊の自転車旅行を提案、二人は楽しいひと時を過ごしました。しかし教会でハンナは、なぜか暗い表情を見せます。そしてある日マイケルがハンナの部屋を訪ねると、ハンナの姿も家具も消えていたのでした。

1966年。マイケルはハイデルベルグ大学の法科で、ロール教授（ブルーノ・ガンツ）のゼミを受講していました。実際の裁判を傍聴する授業で、マイケルはハンナと再会します。ハンナはかつてナチス親衛隊の看守として強制収容所で働いており、戦犯として裁かれている女性たちの一人でした。ハンナは、ある秘密を隠し通そうとしていました。そのため、囚人を死なせてしまった罪を一人で負うこととなり、無期懲役の判決を言い渡されてしまうのでした…。

『愛を読むひと』を観て起業・スタートアップを目指す方に気づいて頂きたい点

ハンナの秘密についてはネタバレになるので、ここでは書きません。しかし、ハンナは貧しい生まれであり、ナチスに入党したのは政治意識ではなく、生活のためだったと想像できます。強制収容所の看守としてユダヤ人の虐殺に加担したとして裁判にかけられたわけですが、裁判長に罪を責められた時に「あなたならどうしましたか？」と彼女が聞き返すと、裁判長は答えられなかったのです。しかも自転車旅行での教会で涙を流したことなどに見られるように、ハンナは自分の犯した行為について深く反省しています。ハンナはただ命令に従っただけであり、命令を出した上層部ならともかく、深く反省しているハンナのような末端の人間に罪を問うのはいかがなものなのでしょうか？

未来の起業家・アントレプレナーの方に、生きていくためには正しくないことにも加担せざるをえないのではと、問うています。ブラック企業だと分かっていても、自分の働いている会社を内部告発するのは勇気がいることです。起業・スタートアップをめざしているみなさんには、社員にそんな思いを抱かせることのないように、社員が自信を持って働けるミッションと社風を持つ会社を起業して頂きたいと強く思います。

もちろん末端にいる人間でも、上層部におもねるために人道に反することをしたのならば、いくら反省をしていたとしても罪に問われるべきでしょう。しかしハンナはそうした行為をしたわけではなく、ある秘密を隠し通すために言い訳をできず、皆の罪を一身に背負うことになってしまうのです。マイケルが事実を明らかにしたいと思い悩んだ末とどまったのは、ハンナの気持ちを汲んでのことでした。

現在の日本に生きていると理解しがたいでのですが、ハンナにとってその秘密を明らかにされる屈辱が、ユダヤ人への残虐行為を行ったとされ、無期懲役に問われるよりも重いという事実に、驚かされます。人間にとってプライドがいかに重要であり、プライドが失われるぐらいなら死んだ方がましだという意識を持つ人が少なくないという事実に、改めて気付かされました。

ハンナを青年時代から愛し続けたためか、マイケルは結婚生活がうまくいかず、独身に戻ります。そしてハンナとの再開後に、収容所のハンナを元気付けるためにあることを始めるわけです。ハンナの気持ちを汲んでマイケルが考え出したのが、この方法だったわけです。マイケルのハンナへの愛が自分のしたいことを押し付けるプロダクト･アウトの愛ではなく、ハンナがどうして欲しいかを考え抜いているマーケット･インの深い愛だと気付かされ、観客は深い感動に包まれることとなります。

相手のために尽くしきる本当の愛の強さ、第二次大戦後もドイツ人の心にのしかかるナチスの犯した残虐行為への罪の意識、コンプレックス、戦犯をどこまで裁くべきか、などなど多くのことについて考えさせられる秀作といえるでしょう。重い作品なので、コロナ鬱の方にはおすすめできません。元気な状態で、何かについて思索したいという時にこそ、ふさわしい作品でしょう。